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和歌山地方裁判所 昭和30年(ワ)327号 判決 1956年10月05日

原告

岩井広一

被告

北谷博

外一名

主文

被告等は連帯して原告に対し金三十万円を支払え。

訴訟費用は被告等の連帯負担とする。

事実

(省略)

理由

被告久保田は建具製造事業に従事し、自家用自動三輪車(以下本件自動三輪車と称する)を所有し、自らこれを運転していること、被告北谷は昭和三十年八月一日から被告久保田に建具製造の見習工として雇はれ同被告方に住込んでいたこと、被告久保田は昭和三十年九月十四日午後五時頃本件自動三輪車を運転し、被告北谷を連れて建具製造用として訴外堀口仲助から買受けていた板材積取りのため和歌山市御膳松所在の訴外昭林木材株式会社製材工場に赴き、板材積取作業終了後同工場への通路上の原告主張の地点に、その主張の状態で、同車を停車せしめ被告北谷をして同車を監視せしめていたこと、たまたま訴外有田佳久が所用のため、雇主荒古商店の自動三輪車を運転して右昭林木材株式会社の製造工場に進入しようとしたところ、被告久保田の右三輪車が通路上にあつて進入できないので、これを他に移動せしめるよう要求したが、同所附近に居た者から、同訴外人自ら移動せしめてもらいたいといはれたので、同訴外人はこれを原告主張の右工場外の道路上の地点へ移転せしめたこと、これを監視していた被告北谷が右工場外へ移転された本件自動三輪車の助手席に乗り同車の「スイツチ」を入れたところ、「エンジン」がかかり、同車が右方へ旋回しながら発進したので、被告北谷は驚いて停止せしめようとして「ブレーキ」を踏んだ心算が、同人の無知無経験のため誤まつて「アクセルぺタル」を踏み却つて同車が暴走し、同道路上を北方から南進して来た原告乗用の自転車に触れしめ、原告を倒し、よつて原告に傷害を与えたことは、被告等の自認するところであり、原告の受けた傷害の部位程度が原告主張(≪編注≫左第六肋骨々折、左大腿部挫創(筋肉切断)、左 骨、踝骨々折、左胸部打撲傷、左下腿骨々折により三月入院)の通りであることは、当事者間成立に争のない甲第八号証および第十五号証によつて明かである。

そうだとすると、被告北谷は、特段の事情のない限り、原告に対し民法第七〇九条以下の規定によつて、原告の蒙つた損害の賠償をしなければならない義務があるものといはなければならないから、果して同被告に右の賠償義務を免れしめるような特段の事情があるかどうかについて考える。

同被告は、被告久保田が本件自動三輪車を原告主張の昭林木材株式会社進入道路上に停車せしめていたところ、右訴外会社の従業員某が、たまたま自動三輪車を運転して同工場に進入しようとした訴外有田佳久に対し、本件自動三輪車を工場外の道路上へ移転するよう促したため、同訴外人は、同所でこれを見張していた被告北谷の制止をも肯かず、被告久保田に無断で、同車を運転して同工場外西側の道路へ移動し、「スイツチ」のみは切つたが、「チエンジ」も抜かず、「ブレーキ」も閉めず、凡そ運転手として三輪車の停車に必要な制動措置は全然施さず、かつ「ハンドル」を右に切つた状態で停止せしめたまま放置したので、被告北谷が本件自動三輪車の助手席に乗り、「スイツチ」を入れたのみで「エンジン」が始動し、同三輪車が右方へ旋回しながら発進し、同被告は驚いて「ブレーキ」を踏んだ心算が、誤まつて「アクセルペタル」を踏んだため、却つて同車は暴走し、おりから同道路を北方から自転車で南進して来た原告の自転車に接触せしめて本件事故を起さしたものであるから、本件事故の第一次的原因は、訴外昭林木材株式会社および同工場従業員並びに訴外有田佳久等の与えたものであり、同訴外人等においてこそ原告に対し賠償義務を負うべく、被告北谷には本件損害賠償の義務はないと主張する。

しかしながら、もしかりに本件事故発生の事情が、同被告の主張の通りであつたとしても、それだからといつて、これをもつて同被告の本件事故発生の直接の責任者としての賠償義務を免れしめるに足る事由とは認めがたいばかりではなく、証人有田佳久(後記措信しない部分を除く)及び同古谷治郎の供述によると、訴外有田佳久に対し本件自動三輪車を右工場外道路上へ移動せしめるように促したのは昭林木材株式会社従業員訴外古谷治郎であつたが、その際同所でこれを見張つていた被告北谷において別段これを制止したような形跡が見られなかつたこと、又訴外有田佳久が本件自動三輪車移動後の停車につき運転手として採らねばならない必要な措置は悉くこれを施していたことを窺い得るのであつて、右認定に反する証人有田佳久、被告本人北谷博の各供述部分は措信し難い。

次に同被告は訴外有田が右工場外道路上へ本件自動三輪車を移動せしめた際、運転手としての制動措置を怠つたばかりではなく、右方に同車の「ハンドル」を切つたままの状態に放置したため、被告北谷において全然「ハンドル」に手を触れないのに、発進した三輪車が右方に旋回して遂に本件事故を惹き起したのであるが、もし同訴外人において「ハンドル」を正常な方向に向けておりさえすれば、かりに被告北谷において本件自動三輪車を発進せしめたとしても、同車は右道路上の左側を北方へ直進したに止まり反対方向から左側通行で南進して来た原告との接触は十分避け得られた筈である。従つて被告北谷が本件事故を起したのは、これをたとえば、恰も実弾を装填していた鉄砲を全然事情を知らない第三者が偶然誤つて引き鉄に手を触れたため暴発して他人に傷害を与えたのと同様、訴外有田が極めて危険な状態で本件自動三輪車を放置していたことに基因するものであることが明かで、これによつて引き起こした損害の賠償責任は同訴外人こそこれを負うべく、被告北谷には責任はないと主張する。しかしながら「ハンドル」の方向の点は暫くこれを措くとして、訴外有田が必要な制動措置を悉く施して本件自動三輪車を停車せしめていたことは前認定の通りであるし、又「ハンドル」の方向については同被告の主張を認めるに足る証拠はない。そしてもしこの点につき、かりに同被告主張の通りであつたとしても、同被告主張の設例は本件の場合に適切でないばかりではないのみならず、これによつて訴外有田が賠償責任を負うに至る場合があるかも知れないからといつて、そのために、本件自動三輪車を直接自ら発進せしめて本件事故を惹起するに至つた同被告の責任を免れしめるものとは到底断じ難い。

そうだとすると、被告北谷に本件損害賠償支払義務のあることは明かである。

そこで被告久保田の関係について判断する。

同被告は、被告北谷の使用人として被用人北谷がその事業の執行につき他人に加えた損害を賠償すべき責任を負うべきものであるところ、拠に説明したごとく、被告久保田は自己の建具製造用資材として訴外堀口仲助から買受けていた板材の第二回目積取りのために、本件自動三輪車で、被用人である被告北谷を伴つて、訴外昭林木材株式会社の工場に赴き、同車に板材を積み終つた後、被告久保田が売主堀口仲助と用談のため、原告主張の場所に停車せしめていた本件自動三輪車を、使用者である被告久保田の命を受けて、見張をしていた被用者の被告北谷が退屈のあまり同車を弄び、これを発進暴走せしめたために惹起した事故であるから、被用者北谷が運転手として自ら現に本件自動三輪車で、被告久保田の板材や製品を運搬中に起こした事故でないことは、まことに被告久保田の主張通りではあるけれども、右事実関係の下においては、なお被用者北谷が使用者の事業の執行につき他人である原告に対し損害を加えたものと解するに何等の差支もないものと考えるから、同被告は原告に対し、特段の事情のない限り、これが損害賠償の責に任ずべきものであるといはなければならない。そして、本件事故発生に、訴外古谷治郎や同有田佳久等が同被告主張のような関係に在つて全然無関係とはいいえないことは、これを認めるにやぶさかではないが、それだからといつてこれをもつて被告北谷の原告に対する本件賠償責任を免れしめうる事由とはなし得ないことは既に述べた通りであるから、被告北谷の使用者たる被告久保田も亦前同訴外人等に存する前示事情を援用して被用者がその事業の執行につき他人に加えた本件損害について自己の賠償責任を免れしめるに足る特段の事情となし難いものといわねばならない。

又被告久保田は、被告北谷が自動三輪車の構造を知らず運転能力もないものであるから、同被告に対し無断で本件自動三輪車を運転することのないよう固く禁じていたのに、同被告は右の厳命に背き、雇主の意思に反し雇主の知らない間に、同被告の自由意思に基き、本件自動三輪車を発進せしめたもので、被告久保田は予め事故発生の防止のために必要な万全の注意をしていたから、同被告には本件損害賠償の責任はない、と主張する。

しかしながら、これを肯認するに足る証拠がないのみならず、かりに実際口頭で無断運転を禁止していたとしても、弁論の全趣旨に被告北谷の本人尋問の供述を併せて考えると、被告北谷は、本件事故発生当時田舎から出て来たばかりの満十七年そこそこの未成年者であり、被告久保田方に雇はれてから僅かに一ケ月半位しか経ておらないことが認められるが、一般にかような年頃の子供は知識欲が旺盛で、何でも珍しいものに触れて見たがるものであるから、かような者を使用する者は、停車中の自動三輪車等を見張せしめるについては、たとえば「キイ」を抜き去る等の措置を採つたのなら格別、単に口頭をもつて三輪車に触れたり、又これを運転したりするのを禁止した程度では、未だ事故防止のために必要な万全の注意を施したものとは、到底これを認めることができ難く、従つて使用者として事業の監督につき相当の注意をなしたものとは解し難い。

以上の次第であるから被告久保田は、原告に対し、本件事故に因つて原告が蒙つた損害を、被告北谷と連帯して賠償すべき義務あるものといわねばならない。

そこで進んで被告等の支払うべき賠償額について考える。

まず原告が本件事故に因つて受けた財産的損害についてみると、原告が負傷の治療のために支出した諸費用、事故の際に乗用していて破損された自転車の修理のために支払つた修理費、事故当時着用していた衣類が、破損して使用に堪え得なくたつたことに因り蒙つた損害等であるが、以上の損害額は合計金四万八千四百三十円であることは、当事者間成立に争いのない甲第一乃至第七号証、第十、第十二、第十三号証によつて明かである。

次に原告が特殊の技能を有する筏組師として相当な手腕をもつて居り、これにより一日金千円以上の収入を得ていたこと、その稼働日数が毎月平均二十五日位であること、原告が本件事故に因る負傷後の昭和三十年九月十五日から、同三十一年一月十四日頃までの四ケ月間全然筏組業に従事することができなかつたこと、原告が同年同月十五日以後になつてやつと筏組業に従事することができるようになつたとはいうものの、後遺症のために本格的な仕事ができず以前の半分位の仕事しかできなくなり、従つてそれ以後の収入が半減していることは、当事者間成立に争いのない甲第八、第十一号、第十五号証に証人後藤静一の供述を綜合してこれを認めるに足るからこれに要する原告自身の日常の生計費等を考慮しても、なお原告は本件事故により全然働くことの出来なかつた四ケ月間に得べかりし収入(金十万円以上)と、それ以後収入が半減したことによつて得べかりし(金二万五千円(二ケ月分)以上)、以上合計金十二万五千円以上の得べかりし純利益を喪失したものと推認するに十分である。

また原告は本件事故に因つて重大な精神上の苦痛を蒙むつたのであるから、被告等は原告に対し右の損害賠償の外に、相当の慰藉料をも支払うべきものであるが、その額は、前記傷害の部位程度や本件事故発生の過程に、弁論の全趣旨によつて窺はれる本件当事者等の各社会的地位等一切の事情を綜合して考えると、少くとも原告が本訴において請求する金十二万六千五百七十円以上であることを認めるに足る。

そうすると、被告等は連帯して原告に対し金三十万円を支払うべき義務あることが明かであるから、被告等に対しこれが支払を求める原告の本訴請求は相当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 亀井左取)

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